心を打つ珠玉のメロディー

あなたの心に深い感動を呼ぶ歌を、時代を超えてご紹介します(Rowered by YouTube)

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帰って来たヨッパライ/ザ・フォーク・クルセダーズ




帰って来たヨッパライ/ザ・フォーク・クルセダーズ


この曲で映画が創られたというのも一寸笑えますが、3人が出演というのも更に笑えます。

とにかく当時衝撃的デビューしたフォークルのデビューかつ代表曲です。

最初に聞いたとき、「これって何?」と思った事を覚えています。



帰って来たヨッパライ(かえってきたよっぱらい)は、ザ・フォーク・クルセダーズのデビューシングルであり、

同グループの代表曲である。

一般には『帰ってきたヨッパライ』と表記されることが多いが、初版レコードでは『帰って来たヨッパライ』となっている。

英文曲名表記では“I Only Live Twice”。当時の東芝EMIのレコードレーベルにはでたらめな英語題名が

記載されることが多々あり、この題名は映画"007/You Only Live Twice"のもじり。


この曲の予想外の大ヒットを受けて、1968年には大島渚監督による映画化まで行われた。

脚本は田村孟、佐々木守、足立正生、大島渚。出演者は佐藤慶(青年)、渡辺文雄(毒虫)、

緑魔子(ネエちゃん)、殿山泰司(煙草屋の老婆)、小松方正(漁師)、戸浦六宏(警官)など。

この映画にはフォーク・クルセダーズのメンバーとして北山修、加藤和彦、端田宣彦の3人が出演している。

(前述の制作背景により、端田は早回しテープの録音には参加していない。)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

帰って来たヨッパライの歌詞はこちら

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青年は荒野をめざす/ザ・フォーク・クルセダーズ




青年は荒野をめざす/ザ・フォーク・クルセダーズ

フォークル「帰って来たヨッパライ」で有名になりましたが、これは五木寛之さんの小説

『青年は荒野をめざす』を題材とした曲で、作詞も五木寛之さんです。

最近の五木さんは仏教関係のエッセイが多いようですがこの頃は青春小説が多いですね。

この曲も元の小説によくあった歌詞とメロディーで管理人は随分聞いたものです。



青年は荒野をめざす (せいねんはこうやをめざす) は、ザ・フォーク・クルセダーズの8枚目のシングル曲。

加藤和彦 作曲、五木寛之 作詞。 1968年12月5日キャピトルから発売。B面は「百まで生きよう」。

2003年度下半期のNHK連続テレビ小説『てるてる家族』(NHK大阪放送局製作)の第122話で、

『悲しくてやりきれない』と ともに使用された。



ザ・フォーク・クルセダーズ(The Folk Crusaders)は、昭和40年代前半(1960年代後半)に一世を風靡した

音楽制作集団で、現在の日本大衆音楽界のひとつの傾向性、雛形を築いたとも言える。

フォークルという略称でも呼ばれる。



アマチュア時代
1965年、当時大学生の加藤和彦の雑誌での呼びかけに応じ、北山修が妹の自転車で加藤を訪ねる。

その後、平沼義男、浪人生の井村幹生、芦田雅喜が加わって5人で結成されたが、

受験勉強のため井村と芦田が脱退、3人組となる。

その後芦田が復帰、再び4人組で活動するが、芦田が2度目の脱退をし、またも三人組になり、

関西アンダーグラウンドシーンで活動していた。

1967年の解散を記念して、自主制作盤のアルバム『ハレンチ』を制作。

300枚しか制作できなかったこのアルバムの中に、自作の「帰って来たヨッパライ」と、アマチュア時代から

歌い続けてきた「イムジン河」が含まれていた。

三人時代に製作されたものだが、ライブテープを一部使用しているため、芦田の声も聞くことが出来る。

最初期に脱退した井村の声は入っていない。

プロデビュー
1967年、アルバム『ハレンチ』を音源として、フォークルの歌がラジオでさかんに取り上げられるようになった。

京都では『イムジン河』、神戸では『帰って来たヨッパライ』が頻繁にラジオで流されるようになった。

やがて、こうした状況を察知した各レコード会社がデビューの話を持ちかける。加藤は反対したが、

北山の説得に応じて「それでは一年だけなら」とのことで一年限りのプロ活動を承認。

プロデビューに当たっては、平沼らに代わってはしだのりひこが参加する(北山は身長を揃えるために

杉田二郎を3人目に推薦したが、加藤がプロ活動の条件にはしだの加入を主張したとのこと)。

『帰って来たヨッパライ』は1968年に開始されたオリコンで史上初のミリオンヒットになるなど、

当時の日本のバンドによるシングル売り上げ一位となる爆発的売れ行きを見せ、一躍メンバーは

時の人になった。

そして『帰って来たヨッパライ』、『悲しくてやりきれない』などの楽曲を含むアルバム

『紀元弐阡年』
により、大衆音楽への新たな方向性を切り開いた。

1968年10月、大阪でのさよならコンサート(この公演では平沼と芦田も第一幕に参加している。

北山は井村が抜けているにもかかわらず、これが初代のメンバーといっている)を開き、

同日の『11PM』に出演。約束通りに解散した。

『青年は荒野をめざす』(五木寛之作詞)
が本グループとして最後のシングル曲になり、1968年12月に発売されている。

なお、1971年の「北山修ばあすでい・こんさあと」において北山は再結成がないことを明言している。

このコンサートを最後に、はしだのりひこはいかなるフォークル関連の企画・ステージにも

参加することはなくなった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

青年は荒野をめざすの歌詞はこちら



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